菱川 師宣の見返り美人 [ 人の部屋/しりとり]
「見返り美人図」東京国立博物館 館蔵品
◆人名しりとり...ひ
菱川 師宣(ひしかわ もろのぶ/1618 〜1694.7.25)江戸時代の絵師。浮世絵師。
それまで絵入本の単なる挿絵でしかなかった浮世絵を、鑑賞に堪え得うる独立した絵画作品にまで高めるという重要な役割を果たした。 浮世絵の確立者であり、しばしば「浮世絵の祖」と称される。
師宣は安房国平郡保田本郷(現・千葉県鋸南町)で暮らす縫箔師の家に生まれた。 のち、江戸に出て狩野派、土佐派といった幕府や朝廷の御用絵師たちの技法を学び、その上に、市井の絵師らしい時代感覚に合った独自の新様式を確立した。
また、遠近道印(おちこち どういん)と組んで製作した『東海道分間絵図』は江戸時代前期を代表する道中図として知られている。(http://ja.wikipedia.org/wiki/菱川師宣)
「東海道分間絵図」 宮の渡し 地図の役目も果たしている。
子供の頃、切手コレクションの世界で、一番高いのは「見返り美人」...と聞いたことがあったような気がする(2番目立ったか?)。そんなわけで、この図柄はよく覚えている。日本文化の頂点の一つと言われる元禄時代を、この1枚の絵から想像することは可能だろうか?
菱川師宣は、当時、画家として生計を立てている。大名のお抱えでもなく、際立ったパトロンがいるわけでもなく、学校の先生をするわけでもなく、アートでご飯を食べていたということに、菱川師宣と彼を育んだ元禄時代の素晴らしさを感じる。
17世紀
レンブラント(Rembrandt Harmensz. van Rijn/1606.7.15〜1669.10.4)
フェルメール(Johannes Vermeer/1632.10.31〜1675.12.15)
この辺りが思い浮かぶが...やはりオランダあたりか...?。
それでも版画が一般に広まっていた日本の方が、裾野は広いと言えるだろうか?
自画像を残す環境にはないだろうが。
◆「見返り美人図」
http://www.tnm.go.jp/jp/servlet/Con?pageId=B07&processId=02&colid=A60
◆ 菱川師宣記念館
http://www.awa.or.jp/home/kyonankk/kinenkan.htm
見返り美人の絵師―錦絵につかれた菱川師宣一代記 (1979年)
- 作者: 府馬 清
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 1979/01
- メディア: -
岩崎文庫貴重本叢刊〈近世編 第5巻〉菱川師宣絵本 (1974年)
- 作者: 東洋文庫
- 出版社/メーカー: 貴重本刊行会 図書月販
- 発売日: 1974
- メディア: -
こんばんは。菱川師宣は縫箔師の家に生まれたのですか。尾形光琳も呉服関係の家に生まれたと聞きますが、その頃の絵画と着物の意匠は切っても切れない関係だったのですね。
by whitered (2009-03-06 21:56)
whiteredさん、ありがとうございます。当時は、最新のデザインセンスは、こういう分野で養われていたのでしょうね。着物を見る目も変りそうです。
by room7 (2009-03-07 21:38)
takagakiさん、nice! をありがとうございます。
by room7 (2009-03-11 06:03)