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胡同の理髪師/毎日の作法と皮膚感覚 [ 映画の部屋]

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チンさんは、近代化のために取り壊しが決まっている北京の旧市街「胡同(フートン)」の理髪師。

93歳のチンさんの毎日の睡眠時間は8時間55分。

5分遅れの柱時計(チンさんはカウンターの上に置いて使っているが)が、夜の9時の時報を打ち終えた後、針を5分進め、入歯をコップの水に浸け、スタンドを消して眠る。そして、朝6時の時報と共に起きる(時報が鳴ってからではない...共に。なにしろ自分が目覚める時間に時計を合わせるくらいなのだから)。

毎朝同じ姿勢で起き上がり、入れ歯を入れ、櫛で髪を整える(櫛は両サイドのみ毎回同じ回数。頭頂の髪は梳かさない)。

カレンダーで予定を丹念に確認すると、仕事道具を持って三輪自転車で、お客さんのところへ出かける。その日を約束しているところを見ていない...ことによると、チンさんが予定を組んであげていることも考えられる...。

チンさんは、顔を剃りながら、あるいはバリカンを使いながら、お客さん(お爺さんばかり...といってもチンさんよりは随分と若そうだ)の悩みを聞き、勇気づける。

チンさんは悩みを口にしない。行動する。胡同の町が取り壊される日が現実のものとなり、身近なお客さんが死んでいき、行きつけの店の自分のテーブルが使えなかった時、彼は死を強く意識する(93歳!)。それで彼は、自分の死ぬための準備を始める。

それまで、数十年間変わりなく、淡々と繰り返してきた毎日の作法に、死の準備という作法が加わる。人任せにしない、チンさんの遣り方で。見事なまでに。

あともう一つ。
毎日の作法を持つチンさんが手先・指先を使う理髪師であるということは、無関係ではないように思う。かつて多くの人々は手先・指先を使いながら生きてきた。そうした皮膚感覚は、気候の変化やその日の体調といったものに敏感に反応する。

今は、そんな手先・指先の感覚を重視しない生活が主流となってしまったが、この映画に登場する老人の多くは、こうした皮膚感覚の時代に生きた人達で、そうした時代を懐かしんでいる様子が随所に見受けられる(映画にモツ屋のオヤジが登場するが、料理も皮膚感覚が重視される)。

それと対照的に描かれているのが、その子供たちの世代なのだろう。その世代からは作法を感じることはできない。町を変えていくものたちに対しても、同じような扱いがされている。

救いなのは、孫の世代。ここではモツ屋のオヤジの孫の画学生が登場することだろう。絵を書くということは、手先・指先の作業そのもので、彼はチンさんに肖像画を依頼され、チンさんの内面を描こうとする。手先・指先を使って皮膚感覚を鍛え上げた者だけが、人の内面を感じることができる...ということなのかもしれない。チンさんも皮膚感覚を持つ同朋として、彼への眼差しは優しい。チンさん自身、そうやって人に接してきている。

冒頭の髭剃りのシーン。あの音。あれがチンさんの指先の生み出す音であり、人の内面を見ることができる皮膚感覚の音なのではないか。私はあの音を聞いて、自分が理髪店で髭剃りをしてもらっているような心地よさを感じた(男性ならではの条件反射か? 人に頭や顔を触ってもらうと本当に気持ちいいんだよね。血管や神経が集中しているから)。あのオジさんも言っていたではないか、「はふ〜〜、いい気持ちだ」と。

原題は「Old Barber」。監督は内モンゴル出身の哈斯朝魯(ハス・チョロー)

◆胡同の理髪師 オフィシャルサイト
http://futon-movie.com/

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コメント 3

江戸うっどスキー

チン・クイさん、とても素敵なご老人だと思いました。
ストーリーよりも、チンさんの人柄に心が熱くなりました。

by 江戸うっどスキー (2008-03-05 22:57) 

room7

takagakiさん、nice! ありがとうございます。
by room7 (2008-03-05 23:20) 

room7

江戸うっどスキー さん、nice! とコメントありがとうございます。チンさん、お洒落ですよね。「キチンとしないと嫌われるよ」「こざっぱりと...」って、昔から聞かされてきたけれども、ようやくその意味がわかったように思いました。
by room7 (2008-03-05 23:29) 

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